照ノ富士復活!涙のV”溢れる涙”が物語る師匠と誓った約束!

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照ノ富士が優勝を決めた一番とインタビューを紹介

照ノ富士が涙の復活優勝で師匠の伊勢ケ浜親方より優勝旗を手渡される・・・

「頑張ってきてよかったです」とインタビューに答える照ノ富士。今後も怪我なく

土俵の中で活躍してくれることを願います。

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照ノ富士プロフィール

(てるのふじ はるお)

本名:ガントルガ・ガンエルデネ

出身地:モンゴル・ウランバートル

生年月日:平成3年11月29日

所属部屋:伊勢ヶ濱部屋(入門時は間垣部屋)

身長/体重:191cm/173kg

得意技:右四つ、寄り

初土俵:平成23年5月場所

四股名履歴:若三勝→照ノ富士

幕内優勝:2回

幕下優勝:1回

照ノ富士復活の優勝!

照ノ富士は序二段まで降下後、今場所再入幕を果たす。

大関経験者が番付を序二段まで下げて優勝するのは、44年ぶりの快挙となる。

13勝2敗で5年ぶり2度目の優勝、伊勢ケ浜親方(師匠)から優勝旗を受け取るシーンは感無量で

みている誰もが、祝福のエールを送っていたに違いありません!

本当におめでとう!と言わせてもらいます。

照ノ富士復活までのエピソード

照ノ富士が5年ぶり2度目の賜杯を手にしました。

2015年に優勝を果たし大関に昇進し、横綱になる手前まで言った照ノ富士に一体何が起きたのか?

左膝に抱えていた古傷が悪化。ケガが完治しないまま、責任感だけで出場を重ねたことが裏目に出て途中球場

に追い込まれてしまったのだ。

当時の照ノ富士の相撲はチョット強引で荒々しい相撲で、力任せで勝つという相撲内容だった。解説者の中に

は迫力のある相撲だが、一歩間違えればケガに繋がるという声もあった。

そして、2017年に名古屋場所と秋場所を連続で途中球場するなど、14場所務めた大関の座を明け渡すこと

になった。その後も、ケガの影響で出場しては途中休場を繰り返し、番付もみるみるうちに下がって、つい

には十両まで下がってしまった。

ケガ以外に、糖尿病、肝炎などの持病にも悩まされ、幾度となく引退を考えたという。師匠にも引退を申し

出たこともあった。

その度に伊勢ケ浜親方からは「まずは、体を治せ。やめるのは、やれることをすべてやってからだ。」と励

まされたという。

ケガに負けたまま終わらせては照ノ富士の素質がもったいないと師匠は見抜いていたのでしょう。

モンゴルから来日した照ノ富士は当初は間垣部屋に入門していたが、間垣親方が病に倒れ、やむなく部屋を

閉鎖することになり、2013年に伊勢ケ浜部屋に移籍してきたという経緯がある。

当時の四股名は「若三勝」だったのを十両昇進を機に、伊勢ケ浜親方は自分の現役時代のシコ名「旭富士」

の「富士」を取って、「照ノ富士」と改名させた。やはり期待していた力士の一人で素質を見抜いていた

のでしょう。

他の弟子と変わらぬ愛情を注いでくれた師匠の思いに、照ノ富士も決断します。幕下陥落が確実になった

時点で休場届を提出し「まずは体を万全の状態に戻そう」と決意したのです。結果、4場所連続で全休と

なり、幕下三段目を通り越し、西序二段48枚目まで番付を下げた。

序二段からの復活は、照ノ富士にとっても気の遠くなる番付だったと思います。

付き人もいなくなり、送迎のタクシーもありません。部屋の車に同乗して会場入りし、観客の少ない中で

相撲をとるという。一度はくぐり抜けた道だが、大関まで上り詰めた照ノ富士にとっては屈辱の毎日だっ

たことでしょう。

大関時代に、チヤホヤしてくれた一部のタニマチは離れて行き。残ったタニマチからは「どんなに番付が

下がろうと応援するから」と復活を信じて応援してくれるタニマチもいる。

人の優しさと冷酷な面を知った照ノ富士は、イケイケだった当時の相撲を振り返り、謙虚さを覚え、した

たかにケガに繋がりにくい相撲へとシフトをチェンジして、応援してくれるファンやタニマチ、師匠、そ

して伊勢ヶ濱部屋の仲間たちの励ましに最高の形で、恩返しをしてくれた。

この復活の優勝にもう一人欠かせない男がいます。照強だ、14日目に照ノ富士は正代に敗れ2敗となり朝

乃山と2敗で並んでしまった。ところが結びの一番で朝乃山に土を付けたのが同部屋の照強だ「前日の夜

から考えていた」という「足取り」で朝乃山に尻もちをつかせたんです。結果、照ノ富士が単独で優勝争

いの先頭にたち。千秋楽で照ノ富士が本割で勝って優勝を果たした。師匠の伊勢ケ浜審判部長より弟子に

優勝旗を渡すシーンはなんともいえない光景でしたね。本当にこの日が来るとは感無量の一瞬でしたね。

まとめ

今回は5年ぶり2回目の優勝を果たした照ノ富士についてご案内してきました。

元大関がケガで序二段まで番付を落とし、そこから復活して幕内優勝するまでを

ご案内してきました。ケガと持病との戦いは本人にしかわからない苦しみだったと

思います。照ノ富士が残した今回の優勝劇はファンのみならず、今後の相撲界にと

っても、非常に大きな出来事で今後も受け継がれていくヒストリーではないでしょ

うか?今回はここまでになります、最後までお付き合いいただいてありがとうございました。

 

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